日課のように会社で「ガンニバルが面白いんだけどさ、見てない?」と聞くも、空振り三振の日々。「あれ、ディズニープラスでしか見れないんでしょ?」が二言目にはくる。わかる、その壁、確かに高い。
私はサブスクフッカル勢で、見たいものがあれば迷わず入る。が、お金に厳しい性格でもあるので即退会するタイプ。“1か月見放題”を定期的に繰り返している感じだ。そんな私でもディズニープラスの敷居は高かった。
そんなとき、Abemaで偶然「ガンニバル」が1話無料配信されていて、試しに1話だけでも見てみるかと。見終わったときには2話目が始まっていた。即決入会。GW中だったというのもあるけど、それを差し引いても“即決入会”するくらいには面白かった。
「ガンニバル」は確かにダークで暴力的だけど、そこだけで敬遠してほしくはない。「グロいの苦手…」という人にも、まずはAbemaの無料分だけでも見てほしいなと思う。
J-ドラマ盛り上がっているぞと同志と分かち合いたい今日この頃。
なぜこんなにも心惹かれるのか。今回は物語のキーパーソン“あのひと”について思いつくままに綴りたい。

(以下、考察•ネタバレを含む。)
”あのひと”を思う心情変化
ましろとの物々交換
2mを超える身長に、不揃いな歯、白く濁った目、人間離れした動き、極めつけは、口にくわえていた「人間の指」。最初は恐怖でしかなかった。
映画『ドントブリーズ』のように、おばけとか幽霊とかではないのに、その人が現れるだけで空気が変わる。人間なんだけれども、人間じゃない何か。最初に登場した“あのひと”は夜の川辺にいた(あれは前の駐在を喰っていたよね…?)。
猫を追いかけて迷い込んだましろが、彼と遭遇する。ましろは手にしていた琥珀羹を、“あのひと”は人間の指を無言で交換する。“あのひと”はそれを食べることなく、月夜に照らしながら眺めていた。
“あのひと”の正体 (長い)
“あのひと”は白金(しろがね)という名で、銀の息子。
白金の父親はわからない。当時の銀は、村で「穢れ者」として疎まれながらも、その並外れた美貌ゆえに多くの男たちの相手をしていた。生まれも境遇も不幸で、「色事しかしらない女」と噂されていた。
そんな銀を心から慕ったのが、当時の神主の息子・正宗。銀が、誰が父親かわからぬ子を身ごもったと知っても、彼は純粋にその命を喜んだ。
だがその頃、村では作物が育たず、後藤家による食料の私蔵も重なり、村民の飢餓が続いていた。村の決定権をもつ神主は、ついに「人柱」を立てて事態を鎮静しようと試みる。生贄に選ばれたのは、村の嫌われ者であった銀だった。山の奥にある洞窟に縛られ、おなかにはもうひとりの命がある中、残酷にも飢え死にを強いられる。
そのとき、彼女の前に現れたのが、“かしはべ”という少数民族。彼らはかつて村にいたが、「人を喰う」ことを忌避され、追放された人々。飢えを生き延びるために、禁忌を超えて生きるすべを選んだ一族だった。
彼らは、生贄にされた銀を美味しくいただきに来たのかもしれない。でも銀は、自分とこれから生まれる子を守るために、逆に取引を持ち掛ける。後藤家をつぶし、村を乗っ取る計画だ。かしはべたちはそれに乗り、銀と共に生きることを選ぶ。
やがて生まれたのが、白金だった。
白金は、生まれた時から人肉を食べて育てられた。その結果、普通の食物を受け付けない身体になり、目は白く濁り、身体能力は人間離れし、巨大な体躯となっていた。
要するに、“あのひと”こと白金は、「生き延びるため」に人肉を食べることを強いられ、その道しか知らずに育った存在。ましろからもらった琥珀羹はその身体のせいで食べられないのだろう。
物語の中では、祭壇のような場所に生肉が置かれ、“あのひと”の食事として与える場面がある。“あのひと”を祀っているようにも、はたまた檻の中の獣に生肉を与えているようにもみえた。おそらく、彼は母親以外から人間らしい扱いを受けたことがなかったのではないか。ましろからもらった琥珀羹は、彼にとって”初めてもらった優しさ“だったのかもしれない。だからこそ、彼はそのお礼として指を渡したのだろう。
自分の”食べ物”=指を。
“あのひと”が人喰いであることを印象付けるシーンでもあったと同時に、彼の孤独さと不憫さを突き付けるシーンでもあった。
すみれと白金
後藤家の葬儀は、一族しか参加できない決まりがある。その日、当主・後藤銀の葬儀が行われていた。白装束に身を包んだ一族は、次期当主・恵介を先頭に一列で歩いていた。ふと恵介は、白装束の人数がひとり多いことに気が付く。その一人とは、前駐在員狩野の娘・すみれであった。
すみれは、駐在員だった父の様子がおかしくなって以降、村を出ていた。父は「ギャンブルに溺れた末に失踪した」と片づけられていたが、すみれはそれを事実とは信じておらず、真相を確かめるために村へ戻ってきたのだった。
すみれは遺体が納められているという器を突然蹴り飛ばす。器の中身は空であった。
「こいつら、人を喰ってんだよ!どうせみんなの胃の中だ!」
かつて父が後藤家に“食人”の文化があるのではと疑っていたように、すみれもまた同じ考えにたどり着いていたのだ。後藤家のしきたりを知っていて紛れ込んだすみれに対し、一族は当然のように襲いかかる。その騒動の中、ひときわ大きな体の男が、すみれの元へと歩み寄る――“あのひと”だった。
だが、“あのひと”はすみれを襲うことなく、彼女のお腹を指さした。
その後わかったことだが、すみれは妊娠していた。その子は、恵介との間にできた子だった。さらに明かされる事実として、恵介の父は表向きは村長の後藤清とされていたが、実際には“あのひと”が実の父であることが判明する。
つまり、すみれの胎内に宿った子は、“あのひと”の孫にあたる存在だったのだ。
葬儀の場面で“あのひと”がすみれに接近したとき、妊娠の事実はまだ知られていなかった。しかし“あのひと”は血のつながりを感じ取り、自分の血が次の世代へ受け継がれていることに気づいていたらしい。だからこそ、すみれを襲わなかった。
“あのひと”は誰かれかまわず襲うわけではない。後藤家に害をなす者だけを排除する。
むしろこのとき、参列中にすみれに襲いかかろうとした後藤家の者を蹴り飛ばしてさえいる。それは、“あのひと”の中で、すみれの存在が後藤家の人間よりも優先されるようになったことを示唆しているのではないか。
“あのひと”は言葉を発さない。彼の心情は、その行動でしか知ることができない。一目散にすみれのもとへ向かったその姿――それは、自らの血を宿した孫の誕生を、どこか嬉しそうに祝う祖父と同じではないか。当初は恐怖そのものでしかなかった“あのひと”という存在。けれど、恵介との関係性が明かされたとき、彼の姿は“家族を守ろうとする一人の男”へと変わって見えるのだった。
母・銀との別れ
母・銀との別れはあまりに唐突だった。村民が結託し、森の奥で銀を無残にも殺したのだ。
銀は後藤家の当主であり、同時にこの村唯一の助産師でもあった。赤子を取り上げられるのは彼女だけであった。しかし、この村では不自然なほど死産が多かった。
本当に死産だったのか?疑問をいだく母親もいたが、「助産師の判断」という大義の前では声を上げられなかった。
実のところ銀は、生まれたばかりの赤子を「死産」と偽り取り上げていた。その赤子らは戸籍も与えられず、後藤家の地下牢で人間として扱われないまま育てられた。そして、彼女の息子・白金の食料とされていたのだ。
一部の村民はこの事実を知っていたようだった。だが、もし食人を認めると自分が食べられるかもしれないーーその恐怖から簡単には逆らえなかった。事実を隠されていたのは村の若者であったが、我が子をなくした悲しさの矛先は助産師である銀に向かうのであった。怒りはやがて刃となり、彼女を殺した。
銀が死ぬ間際、白金は銀の元へ現れた。「かぁちゃん…」と消え入りそうな声をかけながら、白金は母の肉体を食べるのであった。後藤家に伝わる風習『死者を喰らい、その魂を己に宿す』、その掟になぞるように。
白金は銀が殺される一部始終をみていたのではないか。その並外れた身体能力で、村人を葬ることも可能であっただろうに、しなかった。
きっと母が背負ってきた罪の重さを理解していたからだ。銀は母として、彼に”食事”を与え続けた。しかしその食事とは、人だった。助産師という立場を使って、人という食料を”用意”していたのだ。
白金は母を守らなかった。
それは、自分が生かされてきたことへの複雑な葛藤の証だったのかもしれない。「母を守るだけの価値が、自分にあるのか」と、どこかで思っていたのかもしれない。銀の肉を喰らう白金の姿には、単なる悲しみではない、”無条件で生きる許しを失った者の絶望”が滲んでいた。
”あのひと”の最期
白金は自分自身を喰らうことで命を絶った。
この自死には恵介への贖罪の思いが込められていたように思う。
恵介は、祖母・銀が人を食材として扱うその割り切った行動に疑問を抱いていた。だが、後藤家の一員として、当主として、そして血のつながりに縛られた存在としてーーその疑問を口にすることはできず、気持ちに蓋をして、覚悟をもって家族の期待に応え続けていた。しかし、駐在・大吾や自分の子を宿したすみれらの存在によってその「蓋」は少しずつ壊れていく。
そして蓋の破壊が、恵介に引き金を引かせた。実の父である白金の脳を撃ったのだ。
後藤家の象徴である”あのひと”への攻撃は、後藤家の掟に背く重大な裏切り行為だった。後藤家において「裏切り」は最も重い罪とされている。それを目の当たりにした一族の者たちは、すぐさま恵介に銃を向けた。
言い逃れもできず、恵介は黙って運命に身を任せようとしていた。そこに、
先ほど撃たれた白金が、立ち上がり、恵介の前に立ちはだかった(なぜ生きているのかわからないが、人喰いはもれなくゾンビ人間と化すと解釈した)。
「生きろ…」
白金はただそれだけを伝えて、そして自身を喰らった。
この場面で初めて、白金と恵介の本当の父子像が浮かび上がった。白金が、恵介の頭をなでながら「生きろ」と声をかける様子には、恵介自身もその穏やかな仕草に驚いているようだった。白金は、本当の父でありながら、これまで一度も「父」としての距離に立つことを許されなかったのかもしれない。
致命傷を負いながらも再び恵介の前に現れ、命を救い、そして自らを喰らうことで幕を引いた。それが、父親として恵介に残せる唯一の愛情だったのかもしれない。
長々とここまで読んでくださった方、ありがとうとお疲れ様でしたを伝えたい。
ましろ役の志水心音ちゃんが「これはそれぞれの正義の話だ」とインタビューに答えていたのはまさにその通りで。
今回は”あのひと”の正義について考えてみた。見る人によって色々な解釈をもたらしているであろう。もちろんこの考えが正解ではないし。皆さんの解釈も聞いてみたい。
過去のガンニバル入村報告はこちら☟