映画『鬼滅の刃 -無限城編-』をみてきた。
アニメを真面目に追いかけているわけでもないし、原作を一回全部読んだきり読み返していなかった。
今回の映画も物語のどのあたりから始まるかわかっていない状態だった。
しかし、見なくては!と思ったのだ。
コンビニに行けばキャラクターコラボの製品に溢れ、PayPayで友達に送金しようと思ったら背景に炭治郎がいて。あらゆる場所に、鬼滅が刷り込まれていた。そして見事私の脳内にも炭治郎が、禰󠄀豆子が刷り込まれた。映画、見るしかないと気づけばチケットを買っていたのだった。
映画の予習は全くできていなかったが、『鬼滅の刃』に興味がなかった訳ではない。
原作を読んだ時点でつらすぎて、もう見返す気になれなかったのだ。鬼が一体死ぬたびにおいおい泣いて、しかも一気に結末まで読んだものだから体中の水分を涙と鼻水で使い切った日があった。
『無限列車編』も同じ理由で見るまでに時間がかかった。
幸いなことに「見ようかなー、でもしんどいなー」と半年悩んでも、映画館での上映回があり、丁度公開から半年後に見に行った記憶がある。案の定滝のように涙を流し、しばらく引きずった。
そう、鬼滅の刃はこちらの心が穏やかではないと見れないのだ。物語のハッピーエンドよりも、推しが死んだことに対する悲しみに打ちひしがれることになる。だから今回も覚悟をもって見に行った。
映画は、ものすごく良かった、、、。映像がとにかく美しくて、あの作画、何人か血反吐吐いてるに違いない。無限城の回転する床や、次々に現れる部屋、質感が目に浮かぶほど細かくて、まるで自分があの場にいるようだった。物語にしても、アニメ制作にしても、歴史に残るのだろう。声優界の柱と作画界の柱が揃っちゃった世界線の映画っていう感じだ(伝われ)。
良かったのは、映像美だけではない。私が見ていた頃の炭治郎は弱くて弱くて見ていられなかったのに、今回の炭治郎、いつの間にか頼もしい剣士になっていた。強くなる過程をすっ飛ばしていたもので、今必死に『柱稽古編』を追いかけ中だ。映画を見ていない人のために詳しくは書かないが、情緒はぐちゃぐちゃになった。特に今回の主人公"猗窩座"には同情せずにはいられない。周りの啜り泣く声を聞いていたら、私の涙は3粒くらいで収まったが。
この3連休、『鬼滅の刃』の公開で、ディズニーが空いていたらしい。本当かなぁ。
まあでも、選挙か鬼滅か、だったら鬼滅が理由なんだろうな、と思う。
今や日本経済の柱となった炭治郎。
炭治郎がここまで世界を動かすなら、もう鬼滅税とか作ったら国債返せるのでは?冗談だけど、本当に。