形而下生活

映画を栄養素として生きています

同い年マジック

"同い年"と聞いた瞬間、敬語の壁は一瞬で崩れる。
敬語からため口になるだけで一気に距離が縮まったように感じる。
私はこの同い年マジックではじめはイマイチだった関係から急激に仲がよくなった経験がある。

職場では、年齢や社歴が伏せられているためコミュニケーションでもって自分の立ち位置を把握していく。社歴が下であっても年齢は上である場合も多く、失礼がないようにと、なるべく敬語を使う。これはもう日本人の文化であると思う。

敬語は誰も不快にさせることのない素敵な言葉だ。しかし、その固い言葉は人間関係の線引きとしても使われる。仲が良ければ、年齢関係なくフランクにため口で話す。敬語を使われているか、フランクに話してくれるか。後輩からの仲良し度☆いくつはこの違いで図られることがたまにある。

職種が違うため、たまに会う関係だった営業の女の子。容姿端麗で英語もぺらぺらと話せてしまう彼女は社歴が一つ下の後輩だが、関係を深めることはできずにいた。仲良くなりたいけれど、社歴が違うと感じる謎の壁。

そんな壁が、ある日の飲み会で取り壊された。

「私、来週で25歳の誕生日なんですよー。」という話題になり、そこで同い年ということが判明。院卒や浪人生ではないことはわかっていたので、まさかの事実に「同い年じゃん!!!」と乾杯。

ずっと敬語を使ってくれていた後輩は、それからため口に〇〇ちゃん呼びに口調が変わり、あっという間に仲良しになったのであった。今まで見つからなかった共通の話題も、2000年生まれとわかっただけでどんどん出てくる。どの話題に対しても、「わかる…!」のオンパレードだった。

とはいっても、同い年だから敬語辞めていいよ!と簡単にいく場合のほうが少ない。先輩と刷り込まれた脳はなかなか同級生と認めてくれないことがある。仲良くなりたいという気持ちあってこその口調の変化だと思うし、後輩ちゃんがそう思ってくれたことが素直に嬉しかった。

共通の趣味や同郷でも親近感は得られる。ただ、同い年という年齢しか共通点がないだけでも、同じ時代を同じだけ生きたという親近感で仲良くなれるんだから不思議だ。アイドルや芸能人、SNSで活躍するインフルエンサーも同い年だと無条件に応援したくなってしまうから不思議だ。きっと私が年を重ねても、この同い年マジックはずっと効き続けるのだろう。

 

今週のお題「同級生」