パラレルサイドストーリー

本編に入らなかった思考のスピンオフ

ハーフマラソン完走ありがとう脚。

後ろ向きにエントリーしたハーフマラソン。
なんとか無事完走することができた。
まずは、己の脚。君に感謝したい。

練習では10kmまでしか走らなかった。そこから10km走る元気は練習になかった。
「半分走れるなら、半分は気合でなんとかなる」と10人中10人言っていたので(私調べ)、その言葉を信じて本番に挑んだ。

 

来る本番。寒い日だった。
初めての出場ということで、出走は一番最後のブロックだった。
関門は時間制限でしまっていくので、最後のブロックとなると、そちらの心配もしないといけなかった。
ハーフマラソンの先輩たちからは、「最初調子に乗るとあとで苦しむ」というのを、これまた10人中10人から聞かされていたので、ペースを守るを意識して走った。
追い風も相まって、問題なく10kmの関門をくぐりぬけることができた。

いつもはひとりで走っている道も、大勢のランナーと沿道の応援が一体感を生み、パレードのようだった。和太鼓は自分のBPMを刻んでくれているんではないかと思ったほどに、歩幅にマッチしていた。吹奏楽部の演奏は、まだ序盤なのに「負けないで」が流れていた。
かなり、気持ちがよかった。
練習で走った距離までは自己ベストで走り切ることができた。

が、15kmからが大変だった。
まず、折り返しコース付近は坂道が多く、丁度15kmで私の股関節は逝った。
練習では平坦な道ばかり練習していたから、坂道を走る筋肉が備わっていなかったのだと思う。痛めた場所をかばうようにして走るから、また違う場所が痛くなった。

そこからは、歩きと走りと半々くらいで進んだ。
ペースが落ちた理由は痛みだけではない。
ランナーも沿道の応援も活気がだんだんなくなっていた。最終出走というのもあり、応援の声は減り、一緒に走っていたランナーたちもいつの間にかいなくなっていた。
ひとりで走っているような気分だった。

残り3kmになると、ゴールが近づき走る元気が出てきた。
高校の野球部の子たちが一生懸命応援してくれていて、3時間も応援で叫んでいると思うと健気な姿にじんと来た。吹奏楽部の演奏は、「負けないで」が流れていて、そう!今聞くべき局面だよね!とひとり突っ込んだ。走れなくて歩いてると、知らないおばはんに「あと少しだが!走りなさいね!」と怒られた。

そうしていろいろな人に支えられ、ゴールすることができた。
相当しんどかった。
けど、応援に来てくれていた知り合いから、「ずっと笑顔で走ってたから余裕かと思ったよ」と伝えられ、楽しみながら走れていたことに嬉しく思った。

本当は早く走れるのに、ずっと一緒に走ってくれた妹、君にも感謝したい。
つらいときは、「限りなくゴールは近づいている!5分前より確実にね!」という独特の応援方法で励ましてくれた。つらいから、「ゴールが来いよ!」とキレ気味に返していたこと、反省しているよ。

 

また出たいかという問いに対して、「いいえ、あんなスポーツ変態しかできません。」と答えているが、本当はもう一度挑戦したいと思っている。
良いペースで走れていたときは目標ペースを切れそうだったのに、できなかった悔しさ。もうやめてしまいたい気持ちからゴールできた快感。一種の中毒だと思う。やっぱり、変態しかできないのかもしれない。(全方位に失礼)

9月に始めた挑戦は、こうして達成することができた。
妹の言葉を借りると、9月に始めた瞬間からゴールは近づいていた、ということだ。
これから何かに挑戦しようと始めた瞬間から、達成に近づいているということだから、やりたいことはやり始めたほうがいいのだ。

まことに哲学的な応援だこと。次は何を始めようかな。

chubakkabakka.hateblo.jp